2025年07月14日
木を見て森を見ず。

「8020運動」をご存知でしょうか?「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という日本歯科医師会による啓発活動です。
20本以上の歯があれば、食生活にほぼ満足することができると言われています。そのため、「生涯、自分の歯で食べる楽しみを味わえるように」との願いを込めてこの運動が始まりました。
「1本でも多く自分の歯を抜いてしまいたい」と思っている人は?
恐らくいないでしょう。
皆、「1本でも多く自分の歯を残したい」と考えるのではないでしょうか?
そんな患者さんの要望や想いをどうにかしようとするあまり、歯科医師は躍起になってどんな状態の歯でも残す方向で治療を進めてしまいがちです。
例えば、支えの骨が減ってしまい動揺が激しい歯、治療や虫歯により治療できる歯質が少なくなった歯、歯の根が割れている歯、著しく短く見える歯、著しく長く見える歯、出血の多い歯茎などは型取りを困難にするため、本来であれば抜歯適応の歯と考えられます。
なぜ抜歯適応になってしまうかと言えば、詰め物や被せ物を作る時に歯型取りをして出来上がった口の石膏模型やデジタル模型は動揺を再現したり、出血を再現したり、痛みを再現したり、正確な噛み合わの再現ができないため、精度の悪い模型が出来上がります。
精度の悪い模型を使ってでは世界一上手な歯科技工士が作ったとしても精度の高い歯科技工物は絶対に出来上がらないからです。
残すことが困難な歯も『患者さんが嫌がるから』や『8020を達成できないから』といった理由による、1つの問題箇所だけを診てしまい、患者さんが本来求めている「歯医者に何度も通いたくない」「今よりも噛めるようになりたい」「今よりも良くなりたい」という望みとは逆行した治療を進めてはいないだろうか?ということです。
人は『原因(過去)・結果(現在)・予測(未来)』を真摯に考える努力を怠りがちになると結果だけを見てそこを応急的に直そうとします。
すると将来、同じような問題とともに更に新たな問題が発生し、大きな問題へと発展します。
同じ過ちを繰り返さないためにも広い視野を持ち全体を見渡した治療がとても重要となります。
木を見て森を見ずとはまさに医療現場で起きている問題そのものであり、一番大切な『患者のその後』を把握しない状況を指し、歯科では『歯を診て全体を診ず』もしくは『歯を診て人生を考えず』という言葉に置き換えられるのではないでしょうか?
『予防歯科』という「1本でも残った歯を大切にしよう」などの言葉だけに踊らされて、惑わされてしまわないように気をつけなければいかないことを表しているように感じます。